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2004.08.07

遠きにありて思うもの

やっとこ中澤裕子さんのアルバム「第二章~強がり~」が手元に来たので、「ふるさと」を聞き比べてみました(モーニング娘。版(といっても実際は安倍なつみのほぼソロ版)・矢口版・辻版・なっちのソロ版(「一人ぼっち」所収版)・中澤版)。オリジナル(及び「一人ぼっち」所収版)・矢口・辻のそれが旅立つ時の決意表明だとすれば、裕ちゃんのそれには一度足を止めて来し方をやさしく振り返っている、そんな色味の違いを感じます。

その差は多分「モーニング娘。」をふるさとと見立てた時の、彼女たちとの距離感にあるのでしょう。娘。が(ふるさとが)大きく変化する様を見守るオリジナル版と矢口版、自身の卒業(=旅立ち)とほど近い辻版となっちのソロ版。そして新たな道を進んだ後、改めて振り返る裕ちゃん版。正直、一番どきりとさせられたのは(自分のありようと一番重ねられる)裕ちゃんの歌うそれ、でした。

離れて、はじめて見えるものも。生まれる感情もあるわけですね。

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