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2004.09.20

消えゆくかけらを

劇団☆新感線の「髑髏城の七人(アカドクロ)」の舞台映像が映画館で上演(+19日は舞台挨拶付き)されるのを見て来ました。上演中の舞台を中継した映像を他の場所でかける(クローズド・サーキット)ことはあっても、録画・編集された舞台映像を映画館のスクリーンにかけるのはほぼ初めて(3月に広島バルト11のオープン記念で、同劇団の「阿修羅城の瞳」がかかりました)のことで。3,4社程度、マスコミの取材も入っておりました。詳細はこちらの公式サイトを。

舞台を見ていたお客さんが多いためか、ここぞという処では(舞台でのそれとほぼ同じように)笑い声もあがれば拍手も起きており、「(その場に居るからこその)ライブ感」の点では満足(^^)。また、アップになって初めて分かった表情や映像だからこそ出来る編集効果、そしてなにより「大画面と音響システム」にいろいろと目ウロコでした。舞台挨拶で古田さんがちらっと「映像用の演技はしてませんから」(メイク等も舞台用=遠くの観客にも表情が見えるように、濃くしている。だから、映像でアップになってもびっくりしないでね、との話の流れから)とおっしゃってましたが…うーむ。そういう意味では「TV(映像)向けの演技」と「舞台向け演技」の差を感じたつくり、でもありました。舞台を見ている時にはいまひとつぴんとこなかった一部の役者さんのオーラが、今回の映像(アップだったりカットの編集だったり)でやっと「そういうことか!」と胸に届いたところもありましたので。(あくまで「わたしにとって」ですが)

ナマモノ、特に演劇の映像化については、嬉しさと併せて揺れる感情があります。舞台(立体)を映像(平面)へ落とし込む際に、必ず欠けてしまう部分が出来ること、また「完全に」その場に居るからこそ味わえる感覚(役者の放つオーラや、舞台と客席が一体になる空気感等)を残せないことに、マイナス方向へ気持ちがぶれるのです。ですが、見せ方については編集で・空気感についてはこういう「上演」方法である程度まではカバーできるのだ、ということに気づかせてもらえたのは、今回の大きな収穫でした。勿論、本来なら時間が来れば消えてしまうものを、たとえその欠片といえどもカタチに残してくれることは、とても嬉しいことです。見たものでも未見のものでも(追)体験が可能になるわけですから。

とまあ、ぶつくさ言いつつも大抵の舞台映像は出来る限り手元に置くようにしています。ここ2、3年で一部公演の商品化が随分整備された(今回の上映の大元はイーオシバイドットコム)もの、それより前はTV放映(されるのはごく一部)を録画するか、各劇団で細々と出しているものを手に入れるか、程度でしたし。それを考えると、ハロプロのライブ映像の供給状態は随分恵まれてるなと思います。わたしが短期間でここまでのめり込めたのも、ひとつはそのおかげです(^^)。…それも含めての「商売」といやそれまでですけど(^^;。

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