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2004.11.24

わたしが思う、こんな「彼女」たち

以前、道重さゆみさんの写真集の表紙である短歌を思い浮かべた、という文を記しました(ここです)が。今回は、「モーニング娘。」のみなさんについて、「わたしが思う、彼女たちのありよう」と「言葉の並びに浮かぶ絵」が重なったもの、を並べてみたいと思います。(モーヲタアワーさん、その節はありがとうございました。)

氏名
中澤裕子湯を抱いて見ている月の光(かげ)甘く熟れゆくまでの歳月(とき)のはるけき
安倍なつみそこだけに闇がほのかのともるごと弥勒やさしも曲面の輝る
飯田圭織天秤は天の秤と書くならばいま揺れている果実のひかり
福田明日香外光のおよぶことなきいっかくに耳たぶながく弥勒は座せり
石黒彩ひるがえる風にもまれて消えし蝶伝えよ世界の裏なる紅葉
市井紗耶香自転車を風追いぬけるきりとおしとどまらぬもの風とよばれて
矢口真里潮風に荒れたる髪を抱き寄する零るる(こぼるる)は夏の砂か光か
保田圭円錐の光がいく筋か交叉せる無為の明るさ仁王の寄り目
後藤真希炎とは火(ほ)の穂と読めり対岸に昼の桜は捲れん(めくれん)とする
石川梨華喘ぐように触れし唇月の夜に月の光の天秤(バランス)しずか
吉澤ひとみ草生より月がのぼると去りかねてまた思うなり思いは沈む
加護亜依かきあげし髪がつかのま吹かれたるおぼろ記憶の中のほほえみ
辻希美みずたまりより跳ねて小さく駆けまわる影あり月の夜の魔方陣
高橋愛重力を開放されてふる光花はまばたく水までの距離
小川麻琴泡立てるわが感情は春雪に梅紛るるとのみ伝えんや
紺野あさ美さくらばなひらかむまえのはつかなる恋うはさやさや率(い)ても離(か)れても
新垣里沙あぎとうごとく少女のびあがりくちづけす渡り廊下のどくだみの花
藤本美貴再生を希いて(ねがいて)人の創りたる月の齢(よわい)の二の頃の月
亀井絵里石段に尻冷ゆるまで見ておりぬとろとろと海にしずくする夕日
道重さゆみ水の表を現実(うつつ)と呼べば水面を擦りてかすかに火の香運ばる
田中れいなわれはわれのため生きゆかんはだけたる胸をためらいがちに風過ぐ

歌は全て永田和宏氏のものです。収録歌集は以下の通り(メンバーの名前と歌集、という形にさせていただきました。)です:

「風位」中澤裕子、安倍なつみ、飯田圭織、福田明日香、保田圭、後藤真希、石川梨華、吉澤ひとみ、高橋愛、藤本美貴、亀井絵里
「無限軌道」石黒彩、矢口真里、加護亜依、小川麻琴、田中れいな
「やぐるま」市井紗耶香、辻希美、紺野あさ美、新垣里沙、道重さゆみ

なお、飯田さんについてだけは葛原妙子氏の「口中に一片の柚匂いつつ悲哀は過ぎにき眩しかりにし」とも迷いましたが…ここまで来たなら一人のひとの歌に揃えてしまえ(^^;と思ったことを記しておきます。

彼女たちが私にはどう映るのか、そして言葉からどんな絵を思い浮かべたのか、は、この続きに記させていただきます。歌に対しても、彼女たちに対しても、誤りかつ浅い読み/見、しか出来ていないことは承知の上。それを踏まえて、ご笑覧頂ければ幸いです。

・中澤裕子さん:なっち及び圭織の娘。としてのラストコンサートにかけつけたそのこころのありようと、ここ数年でとても艶やかになった(角が取れた、と言うと失礼でしょうが。とてもきれいなまろみが出てきた、と思うのです)絵を重ねてみました。こういう歳の重ね方をしたいものですね。

・安倍なつみさん:天使、と称されることの多い彼女ですが。苦しみと無縁の存在ではなく、寧ろその直中にいた(ことがある)からこそ、「ほのかにともる闇」であり、その柔和な笑みを持てるようになったのかな、と思っております。

・飯田圭織さん:安倍さんとの様々な縁と、安倍さんの卒業時に彼女たちが交わした抱擁の絵。そして、今度は圭織自身が見送られる立場となった(びわ湖ホールラストの粋な演出、行けなかったわたしも、レポで嬉しく思いました)ことに。「天の秤」の言葉がぴたり、と示された思いがありました。

・福田明日香さん:残念ながら私は彼女をリアルタイムでは良く存じ上げません。安倍さんと対であった弥勒の片方は、今は違う光の下で、静かに微笑みを浮かべて座してらっしゃる。そんな印象があります。

・石黒彩さん:違う道を選ばれたけど、その名前の示すごとく。違う世界にある「彩り」を伝えていらっしゃる姿に、舞飛ぶ蝶のありようを重ねました。

・市井紗耶香さん:彼女には「風」のイメージがとても強いです。ひとつところに留まることなく、軽やかにかけてゆくひと。その風を追いかけるには、縛られた心の足では、速度が劣るのやもしれません。

・矢口真里さん:彼女の横顔の一瞬に感じることが多いのが「夏の光のしずく」です。冬生まれのひとなのに、なぜか正反対の季節を思わせてくれます。それは、彼女の持つ心の明るさと、明るさを保つ努力の賜かと感じて、この歌を撰びました。

・保田圭さん:今年の夏のハロコン及び安倍さんのコンサートで、ほんの短い時間なれど一番「目力」で圧倒してくれたのは彼女でした。そこにいるだけで最初から明るさを呼び寄せたわけではない。矢口さんと同じく、ひとつひとつ歩を重ねた上で、光と強さを持つに至ったと感じています。

・後藤真希さん:静と動を併せ持ち、瞬時にしてその両者を使い替える。炎の激しさを持つかと思えば、日だまりでお昼寝するちび猫のようなほんわりした表情を見せてくれる。激しさと美しさとを一つに凝縮したことばは、彼女にこそ相応しい、と思いました。

・石川梨華さん:「シャボン玉」のPVで、彼女の髪がふわりと舞いながらアップになって静止する絵。そして美勇伝「恋のヌケガラ」でのアップに、ちょっとなまめかしいかな、と思いながらもこの歌を撰びました。

・吉澤ひとみさん:アヤカさんや里田さんとの交流や、またフットサルで明確な「活躍の場」を示されて、日に日に明るく、そして綺麗になってゆく彼女ですが。その内及び基にあるものは、思いが幾重にも巡りがちな、細やかな心のありようだと思っています。明るく振る舞うことが「できるようになった」その裏に、去りかねて沈む思いがあるのならば。その思いを、どこかで掬ってもらえることを祈ってやみません。

・加護亜依さん:先日やっとおそまきながら写真集「KAGO ai」を手に入れました。この歌にある光景が、そのままここにありました。また、「ベストショットvol.2」で見せてくれたあのやわらかい表情の一端は、既にここにあったのですね。長ずれば、中澤さんが圭織やなっちたちに見せるような、あんな柔らかい慈愛の笑みを持つひとになるのだろうな、と思います。

・辻希美さん:「愛される」という才を魔法と呼んで良いのなら、彼女は娘。で一番その才に長けた魔法使いだ、と思います。そこにあることで、おねえさんたちからも、いもうとたちからも、そして永遠のライバルであり、共闘者である相方・あいぼんからも「愛される」無邪気さと、この歌に見えた無邪気さを重ねております。

・高橋愛さん:どこかで拝見した、多分写真集「わたあめ」からの1ショットと思われる、水と戯れる(水の中にある)姿が、忘れられずにおります。自身の思わぬ重力から解放される中で、花のごとく舞う姿を、近いうちにぜひとも見たいものです。

・小川麻琴さん:オーディションの際に「不安だけど、それを不安と外に見せてはだめだ」といった意の言葉を発していたとの記憶があります。いつもにこやかだけれど、それもまた(そうと他人に気づかせず)人を気遣うもの、なのでしょうか。吉澤さんがことの他小川さんを気に掛けてあげているのも、その(互いの)細やかさゆえなのかな、と思います。春雪と梅の組み合わせに、そのきめ細やかさを見ました。

・紺野あさ美さん:写真集の表紙を見た瞬間によぎったのが「かすかな(初)恋を思わせる情景」でした。恋歌はそれこそ多くあるのでしょうが、春の訪れの直前、さやさやと静かな音を心に立てつつ、揺れるありようが彼女だなあ、と思いました。「涙が止まらない放課後」も、そのような情景だと感じています。

・新垣里沙さん:同じくこちらも写真集の表紙からの印象を。「あぎとう」とは幼児が片言を言うさま、だそうで。好意や愛といったもののみで世界が構成されている頃の、その「好意のおすそわけ」としての、とてもほほえましいくちづけの様を思わせる絵が。常に前向きな笑顔を忘れない彼女のありようと重なりました。

・藤本美貴さん:これはひとつわざと誤読を。「二の頃の月」を、月齢ではなく如月の方に解釈しました。ソロとして立った後、再生を願われて「二の月」に生まれた彼女は「モーニング娘。」となりました。彼女自身も、モーニング娘。も。再び新たな生を受けた、と思うのですが…それが完成へと向かうのは、再度彼女のソロ活動が始まる時、とも思っています。

・亀井絵里さん:マイペースさんだけど。いつの間にかおねえさんたちの懐深くにするっと入り込んでいる。のんびりゆったりと見せかけて、その実観察眼と距離の取り方は鋭い部分があるのかな、と感じる彼女。こうやってのんびり気長に在ることが、一番の強みなのではと思う今日この頃です。

・道重さゆみさん:ハロプロonFLET'sの動画シリーズで、「鏡に映る私との対話」を見せてくれた(「アリス」を持ってきたんですかね)道重さん。その絵とぴったり重なる言葉は、この上段部分以外にはあり得ないでしょう。ただ、それだけではない「火の香」を内に秘めたるところが、彼女の彼女たる所以かと。

・田中れいなさん:加入直後のハロモニだったでしょうか。「実は影の努力家」な部分が分かった瞬間、矢口さんが彼女に握手を求めました。その場面が、今でも強く胸に残っています。「われのため」は「for myself」ではなく、「for ourselves」でもあるんでしょうね。それこそ、HPオールスターズの新曲ではありませんが。

長文におつきあいいただき、ありがとうございました。

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