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2005.01.01

今日は昨日の続きであって

断続した点じゃなく、あくまで連続した「線」なんですよね。以下、2004年の「この1本」等を含め、ざっくり振り返ってみます。
…すみません、日付が変わる前に2004年総括が書けなかった言い訳でございます(^^;。

●2004年の「思い出」
「かみさまは、乗り越えられる人にしか試練を与えない」

安倍さんが卒業に際して麻琴ちゃんに送ったこの言葉が、ハロプロ関係においても、その他の公私諸々においても、いろいろな意味で響く1年でした。トンネルの長さと暗さは、あくまで「抜けた後」でなければ分からないんですよね。短いのか、長いのか。光はいつ見えるのか。最中にはえてしてその「見えなさ」にあがいてしまうのですが、必ず「出口」と「(陽)光」はある。そのことを、忘れずに胸に置きたく思います。

●2004年の「この1本」
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芝居:青山円形劇場プロデュース「LYNX」。(4/17(土)マチネ@青山円形劇場)
ライブ:安倍なつみ「あなた色」ツアー初日(6/12(土)マチネ@大阪厚生年金会館)
DVD:「メロン記念日 ライブツアー2004夏~極上メロン~」

※本とCDは多すぎるため(今年買ったもの・読んだもの≠今年出たもの、でもあるので)除外。
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芝居とコンサート併せた観賞本数は76本。同一人/同一公演を複数見た場合も各1カウント、として数えてます。往時よりは数は随分減りましたが(最盛期は芝居だけで3桁いきました…)、遠征が増えた&コンサートと芝居の本数が逆転したのは想像外でした。これを「ハマる」と言わずしてなんと言いましょうか。ああ゛。そして来年も減りそうにはないっつーのがなんというかええまあもう。

以下、各項の理由など:

コンサート:圧倒的にハロプロのコンサートが占めておりますが(^^;。あの日の開演前の「なっちコール」と、OPの「だって生きてかなくちゃ」は、一生忘れ得ない光景のひとつ、になりました。あの空気と、最後に彼女が「また会いに来てね、約束だよ!」と差し出した小指に。あの「場」に居たから、あの「空気」を知ってしまったから。私は彼女(たち)のコンサートへ足を運ぶのです。次点はPort of Notesのライブ(12/10(金)@代官山UNIT)。こちらで感想を書きましたが、そこで書き漏らしたことが1つ。終盤のMCにて畠山さんが「お客さんが一緒に口ずさんでくれている(歌に合わせて口を動かしてくれている)のが見えて、嬉しい」と言って下さったことが、とても印象的でした。ハロプロのライブにおいて、よく「レス(=パフォーマーからの反応)をもらった/もらうために○○をする」との言及がありますが。本来の「舞台と客席の関係」のキャッチボールはこっちじゃないかな?と思うのです。

DVD:セットリストに村田さんと柴田さんの(この2人の声の合わせが好きだな、と思って来た頃に)「First Kiss」があった、と聞いて「行けばよかったー!」と思っていたツアーでした。しかし手元に置いたのはamazonで別のモノを買いたかった都合、と非常にいい加減な理由。でも、これを見た途端に「コンサートへ行かねば!」と一気にチケットを手配させてくれたチカラのあるものでした。今でも書き物をする時、隣のiBookで頻繁に流す1本です。大変申し訳ないのですが、娘。さんたちの秋コンより流してますわ(^^;。次点は「あなた色プレミアムツアーDVD」。なっちと圭ちゃん、なっちと裕ちゃんの「素(に限りなく近いと思わせてくれる)のおしゃべり」が、こんなに幸せなものだとは(^^)。その幸せは永遠を約束してはくれない-むしろ「あの時だったから」故、なのでしょうが。出来ることなら一秒たりとも長く在ってほしい、と思うのです。

芝居:1990年の初演は未見ながら、ずっと見たいと思っていた1本でした。1998年に再演(こちらは見ました)、そして2004年に再々演が叶ったこの演目、「(何かを/誰かを)好きになる」感情の快楽と、魔力と、そのパワーバランスおよびコントロールについて、主観と客観を巧く織り交ぜて描かれております。回を重ねる度に新たな面を見せてくれる-決して「古びない」1本、です。また、”構成・演出”を担当する鈴木勝秀氏は、パンフに以下の言葉を寄せていらっしゃいます:
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僕は自分のオリジナル作品を上演するにあたって当時から”作・演出”という表記を避け、”構成・演出”としている。それは、セリフの中に様々なテキストからの引用があるからだ。(中略)オリジナリティの追求よりもコピーしたり言葉をコレクションし続けることが楽しいのだ。それなのに、「鈴勝の作品には、鈴勝しか出てこない」のはどうしたことだろう?(中略)美術館などは、どういう芸術作品を集めたかによってアイデンティティが確立されたりする。そういうことかもしれない。あえて言う。僕の作品は”好きなモノ”だけで作られているのだ
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そして、私はその「スズカツさん」の作品に惹かれ続けて、劇場に通っております。一端身体を通した言葉は、他から出たものであっても「彼(女)のもの」になっている。舞台に立つ表現者・舞台に立たせるためのモノを創るひとは、すべからくそうだ、と思っています。どのひとも例外ではなく。

次点は「髑髏城の七人-アオドクロver.」を。心情的には(新感線ファンであり古田新太ファンとしては)アカ贔屓でありたいのですけど。役者/ホン/演出の初日からの完成度は断然アオが上。ドクロイヤーの総括はいずれしたいと思っておりますので(今でも検索でいらしてくださいます。感謝。と同時に申し訳なくもあり^^;)、よろしう。

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