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2005.01.22

別の名を「火変り」

橋本治の「窯変源氏物語」全14巻、去年の暮れからちみちみ読んで、8巻をやっと昨日読み終えました。ちなみにわたし、源氏に対する知識は大和和紀の「あさきゆめみし」と川原泉の「笑う大天使」での断片知識しかございません。脱線しますが、後者はカーラ先生節が強烈に効いてて大好きです。(物語全般としても、「源氏物語」の解釈としても)

元に戻ると。谷崎訳は高校の時にかじり掛けて挫折、原文などもってのほか。せいぜい高校で習った冒頭の文章を「仕事の人間関係と一緒だねぇ。これもまた不変で普遍なんかなあ」と重ねて笑う程度だもんで、「原作がどう」とは分からずに読んでおります。

橋本節全開のこの本。「源氏ってこんなに面白いものがたりだったんか」と耽ってます。8巻の後半は「若菜」の上巻。丁度光源氏が女三宮を「正妻」として迎えることになり、それを送り出す(現状としては正妻でありつつも、形式としては正妻にはなれない)紫の上のくだりと、その後の話。自分の過去の懸想(遠くは義母である藤壷の宮に、近くは紫の上に対する)に因って女三宮の降嫁を受け入れる光源氏。そして婚姻の儀を迎えた時、現実と過去の幻想の差異を(残酷なまでに)悟らされる光源氏。実状は形式の前に破れざるを得ないこと-自分はあくまで「正妻」ではなかったこと-を突きつけられる紫の上。そのことを受け入れようとするも、光源氏の思いと自分の思いが全く違う方向に向かってしまっており、それはもう交わり得ないことが見透けてしまう-(その上、肝心の光源氏はそのことに気づいていない-状況が、冷徹なまでの理詰めで書かれています。

想い人の気持ちが自分の外にもたらされること、しかもその行動に自分が関わらざるを得ないこと(自分の元より光源氏を女三の宮の所へ送り出す)に対して、紫の上に悲しみがないわけではない。ただ、今までは(実としては)自分を「第一」として在った状況が、身分という形式の前には意味を成さぬこと。そのことについて、自分の気持ち【のみ】なら制しようもあるが、周囲の好奇の視線まではどうにもできない。その間で毅然としてありたいのに、当の光源氏は「三の宮との件はあくまで【形式】であり、実はあなたにあるのだから」との言葉を連ねる。紫の上に対する(と見せた自分に対する)言い訳でもあり、女三の宮への失意と逃げを望むが故の言い訳でもある。(稚さという点では紫の上と相似であるにもかかわらず、「自分の意志を持たない。よって示すこともできない」ことに対し、失望を感じている)自分の感情と、それを制する理知と、そのわずかなズレに入り込もうとする容赦のない他者の視線。そして、紡がれれば紡がれるほど空しさを増す想い人の言葉。

本を読む時には、基本的に文章から立ち上がる声や姿をぼんやり浮かべながら世界に浸っております。それは決して既存の誰というのではなく、ものがたりの中から生まれる「わたしの中にしか居ない」ひとです。「これに当てはめるなら誰だろう」を【意識して】やることはあっても、滅多に現実のひとを思い浮かべることはありません。

さて、ここまでが長い前置き。お叱りを受けるのを承知の上で。この若菜のくだりを読んでいた時にアタマをよぎった「紫の上」は、石川さんでした。他の人物は全く思い浮かばず、まるでそこだけピンスポットがあたったかのように、石川さんの姿「だけ」が、紫の上と重なりました。他の時期にも他の登場人物についても(少なくとも今まで読み通した分については)誰も思い浮かべなかったのに。

こじつけと言われるかもしれませんが、彼女とこの状況下の紫の上が重なったのは「意志の強さ」と思っております。(橋本版ではどのように進むかまだ分かりませんが、しばらくして紫の上は出家しますしね 2005.2.3訂正。出家の意志を持ったまま、それを許されずに死去します。)。悲しみや嫉妬といった奥底の感情に溺れるではなく。それをもたらす状況に(行動せず)悲観にしゃがみ込むではなく。静かに自分の感情と自分を取り巻く状況、そして想い人との隔たりを見つめ、次になすべきことを心に定める。そのあり方と、彼女の心の強さが、重ね絵に見えました。

元々努力のひとだとは思うのですが。彼女をここまで強くしてくれたのは、モーニング娘。という「窯」にも拠るのでしょう。「窯変」の語は、辞書ではこう解説されています:

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よう‐へん【窯変】
陶磁器の焼成中、火焔の性質その他の原因によって、素地や釉うわぐすりに変化が生じて変色し、または形のゆがみ変ること。また、その陶磁器。火変り。

[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]

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