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2005.03.05

Noblesse Oblige

また録画して溜めっぱなしの「娘。ドキュメント2005」ですが、昨日と今日は中澤さん・矢口さんの「リーダー論対談」とのことで、昨日分は朝の身支度をしながら、今日の分はリアルタイムで見せていただきました。その時に、真っ先に浮かんだのがこの言葉と、「(ひとの)上に立つことは、寛容と我慢を求められること」との思いでした。

自分の思いを殺すでもなく、押し付けるでもなく。じっと見守り、我慢する。丁度いい頃合を見計らって、救いの手を差し伸べる。また、受け取り側には厳しい(痛みを伴う)言葉を伝える必要も増える。いわゆる「憎まれ役」になること、ですね。

「憎まれ役」として負った痛みがトラウマになってしまう、との矢口さんの気持ちも、手に取るように分かるつもりです。ミニモニ。時代の「とにかく叱り役に回った」辛さを語る矢口さんの言葉を耳にする度に、わたしの内には後藤さんお披露目のハロコンで「わたし(なんか)が、ここに居ていいの?」とステージに立つ矢口さんの不安げな表情が重ね絵になりました。

その気質を十分ご存知だろう中澤さんは、上手く矢口さんの不安を-人一倍心細やかでなにかと抱え込むけど、それを外に見せまいとする-拭ってあげた上で、静かに背中を押して上げている。そんな印象を受けました。著書タイトルではありませんが、「ずっと後ろから見てきた」中澤さんのまなざしと言葉は、娘。に対しても、矢口さんという個人に対しても、深い愛情を持って注がれています。今更ですが、7年の月日を経てよりまろやかになっている、との思いを、強くさせていただきました。

飯田さんは、卒業直後の「あな真理」でその痛みを「(叱った後に離れていく、その相手の)背中(を見るのが)が痛いのよね」との言葉で表していましたた。でも、彼女の気持ちが最後にはきちんと伝わったことは、卒業ステージでのメンバーとのやりとりが証明しております。

過去の痛みを思い出して、足が竦んでしまうのかもしれない。
でも。その痛みを知っているひとが、少なくともあなたの側に2人はいらっしゃいます。そうでなくとも、痛みを察して的確な癒しの手を伸べてくれる「頼もしい同期」がいらっしゃるのも、忘れちゃいけませんね。おっと。あなたが過去の痛みと思っている件に絡む「2人のいもうと」は、羽ばたく際と、羽ばたいた後も、何かにつけてあなたに感謝の意を示していますよね。


内にも外にも、貴女には「すっごい仲間」たちが居ること。そのことを、今まで以上に信じて欲しい。唯一矢口さんにお願いしたいとすれば、そのひとつ、ですかね。

そのありようを見せてもらえるのを楽しみに、春ツアーの開幕をお待ちしております。
タイトルの言葉は、livedoor辞書では以下の様に示されています:
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noblesse oblige :[U]高い身分に伴う精神的義務
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かつてわたしが「センパイ」になるにあたって思った、過去の拙文も記しておきますて(彼女たちのそれとは比べ物にはならない、お粗末な代物ですが):こちらこちら

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