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2005.06.06

天使的、という言葉を

一日経って、ステージ上での姿を何度も思い浮かべては。安倍さんとはまた違う意味で、飯田さんにとても「天使的」なものを感じております。ここで言う「天使」は、チュンセとポウセさん5/24付の日記で「天使は善のみを為す。人間は悪を知った上で善を為すことが出来る」意のことを(原文とは変えさせていただいています。ご容赦くださいませ)書いていらした定義になります。

連想の端緒は背中が広く開いた衣装のせい。「そこに羽があった」と言われても、するり、と納得出来る姿。ただ、それ以上に、そこには「内面の安定と充実」がもたらすであろう光が(4月に見せていただいた時以上に)ありました。

この気持ちは、安倍さんの最新写真集「Fu」を拝見した時にも生まれたのですが。それとはまた方向性が異なるのですよね。安倍さんのそれが、真逆にあるものを知った上で、それでもなおかつ無垢の白をーすこし強めの、白の輝きを感じさせてくださるもの、とすれば。飯田さんのそれは、泣き空も、荒れ空も、全てを包み込んだ上で穏やかに降り注ぐ穏やかなそらいろ、を思わせてくださるものです。

真なるもの、善なるもの、美なるもの。
これらのみを知っていれば、そしてこれらのみで構成されていればよい、のではなくて。その真逆にあるものを知っているから、そして経てきたこともあったから。だからこそ、天使的な「人間」としてそこに在ることが出来るんだろうな、と。そんな気持ちに満たされています。

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