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2005.10.31

駆ける若駒たち

ライブツアー2005秋 美勇伝説2(本来はローマ数字)~クレナイの季節~
2005年10月30日(日) @Zepp Sendai
19:00-20:45

美勇伝の秋ツアー初日に参加して来ました。シングルも枚数を重ね、1stアルバム『スイートルームナンバー1』を掲げてのツアー故、前回の「お披露目」公演と比べるとより純度の高い公演になっていました。

まだ手探り感の残る部分も多いですし、それを「未熟だ」と切ってしまう方にはお勧めし難いのですが。この一年で彼女たちが駆け抜けてきた山の高さはかなりなものです。例えばデビュー曲の『恋のヌケガラ』や2ndの『紫陽花アイ愛物語』のアクトについては、既に自分の血肉と化した自在さを見せてくれています。逆に、対してこれが初めてのお目見えとなるアルバム曲などでは、やや手探り感もあるのですが。

「場数を踏む」ことでより高みへ昇ってゆくのは、どのパフォーマーについても共通していえることでしょうが。たまたまお披露目から(2004年秋のモーニング娘。ツアー帯同)見せていただいている分、その思い入れもより強くなっております。

他のソロメンバーが殆どゲストを迎えていることと比べると、2度目にしてひとりだちを任されていたり、レギュラーでラジオ番組を持たせてもらったり、と。この若駒たちには、常に高めのハードルおよび場数を設定してもらっております。もちろん、それにぐいぐい応えているからこそ、「次」を期待する気持ちも大きくなるわけです。

大阪、名古屋、東京と。残る3箇所でのツアーでは、より揺るぎない姿を見せてくださることでしょう。これからご覧になられる方は、どうぞ楽しみにしてくださいませ。

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2005.10.29

初心に還る-自転車キンクリートSTORE『ブラウニング・バージョン』

自転車キンクリートSTORE テレンス・ラディガン3作連続公演
『ブラウニング・バージョン』
10/28(金) 19:05-20:55@俳優座劇場

舞台はイギリスのパブリックスクール。明日で学校の寮(教職員宿舎)を去ることになった老古典教師アンドルウの、一夕のものがたり。教師としても、妻ミリーとの夫婦生活についても、自分が落伍者であることを認めていた彼は、最後の日に今までに無いほど心を激しく揺さぶられる出来事と対面する。

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わたしがこの劇団に求めるのは、よく練られた、面白うてやがて悲しき(でもオモシロイ)オリジナル現代モノ、なので。翻訳物と聞いた時はパスを決め込んでおりました。そこへ友人が「あれはいいよー」と勧めてくれたこと、e+で得チケを販売していたこともあって「それじゃ、まあ」と気軽な気持ちで見に行くことになりました。ら、これが私には大当たり!

いやはや。翻訳物だからって毛嫌いしてるといけませんな。
訳が演出家の鈴木裕美さんの手によるところ、も大きいのでしょうが。わたしが好きで、ずっと魅せられていた「じてキンの真髄」がそこにはしっかりと流れていました。

生命を維持するために必要なものが食事・睡眠・性的なもの、とすれば。「人間として」の心を維持するために必要なのが、「愛情および承認」欲求。ひとこと「愛情」といっても、そこに含まれる情は多種多様で。肉体的、金銭的といったエロスな愛情もあれば、それと真逆に位置するアガペー的な(自己犠牲的、精神的な)愛情もある。お互いの望むものと与えられるモノが食い違えば、それは「愛情を与え合っている」ように見えて「お互いがただ渇きあって水を欲しいと叫び、ののしりあう」ことになる。そのベクトルの食い違いに、ほの苦い(当事者にとっては苦いけど、「箱の外」から眺める観客にとっては笑いを誘う)悲喜劇が生まれるわけで。

劇場に居る間、ずっと私の中に重なっていたのは『ソープオペラ』の鮎川夫妻のやりとりでした。「変われず」にいる自分の焦り、パートナーの関心が以前のそれと質を変えてきたのでは、との(焦りから生まれる悪循環な感情でもあるのですが)気持ち。それらが全て凝縮された、

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『私は、今の自分の方が、ずっと好きなの---
だから、あなたも嫌わないで貰いたいのよ、だから---

だから、ほかの人を好きにならないで』
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の部分でした。

10年前に見た時(再演版でした)で撃ち抜かれた言葉と、その底にあるものとに。10年の時間を経て、再会したのですが。その10年で得たもの、失ったもの、変わったもの、変わらずにいるもの。
人間はどうしようもないくじたばたしてて、かみあわなくているけど、それでも「いとおしい存在」なんだ、と。ラディガンも、鈴木裕美さんも、その目線が共通しているのでしょうね。

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2005.10.26

Welcome Back!-矢口真里・保田圭 カジュアルディナーショー

矢口真里さんと保田圭さんのカジュアルディナーショーへ行って参りました。(10/23(日)13:00-15:30@広尾ラ・クロシェット)

2005年4月14日以来、ずっとずっと焦がれて、そして胸にしまってきた言葉-「歌うたいとして、再び戻ってくるのを待っていました」を渡す機会を与えていただいたことに、心よりの感謝を。OPに「たんぽぽ」、そして次に「誕生日の朝」が選ばれたことに、矢口さんもこの日を心待ちにしていたと受け止めています。MCでも「タンポポの歌を選んだ」こと、そしていろんな仕事(バラエティ番組)もあるけど、一番大事に思っているのは「歌を伝えること」とおっしゃっていましたし。

その上で、非常に厳しい言い方となりますが。正直、矢口さんがこちらを見るまなざしには、どこかしらまだ固さが残っていました。何度も石を投げられ、傷ついてしまった子猫が、やさしさを以て差し出された手にさえおびえてしまう/硬さをはらんでしまうような……そんな空気が、最後の最後まで一枚彼女を包んでいたように思われました。

ただ、そんな矢口さんの表情がふわっ、と緩むのが、保田さんが隣に居る時なんですよね。一人で歌う時、歌い終わった時にも客席はあたたかく拍手を送り、彼女もにこっと笑ってくださるのですが。それ以上にやすらいだ表情を見せてくださるのに、改めて同期の絆及びモーニング娘。、いや、ハロー!プロジェクトにおける保田さんの大きさを見ました。

一緒になってはしゃぐ友達やおねえさんもいるし、頼ってくれる妹分たちもいる。でも、一番しんどい時期を一緒に経て、その上で背中を預けることが出来る。そんな、揺るぎない全幅の信頼を置いている同志の笑顔と、あたたかいまなざしに満ちた空間。それが少しでも、矢口さんの心を融かしてくれたなら……と、見当違いを承知の上で思っております。

そういう意味では。(多分最後の)MCでお二人が「『サマーナイトタウン』が流れた時に、お客さんの顔がぱあっと明るくなったのが嬉しかったよねえ」といただいた時に、舞台の向こう側とこちら側が一瞬「つながることができた」感覚を得て、とても嬉しかったです。

今回一番圧倒されたのは、保田さんがソロで歌った「Memory 青春の光」でした。わたしの「とくべつ」は安倍さんですし、それゆえに元曲のかたちに-安倍さんと矢口さんの声の重ねではじまる世界に-こだわるところが強いのですが。そんな些細な拘泥なぞ何するものぞ、と、彼女にしか出せない世界を示してくれました。
元曲が俯いて泣きくれる諦念を思わせるものとすれば、保田さんの示すそれは、涙に濡れた目をきっと上げて、また前へ進もうとするもの。「カバー」とはかくあるものとの、歌うたいとしての矜持を見せてもらえた思いがあります。

以下はセットリストです。「背徳のうさちゃんピース@Pop'n Rouge」さんよりお借りしました。

1.「たんぽぽ」 (矢口)
2.「誕生日の朝」 (矢口)
MC. 矢口
3.「恋をしちゃいました!」 (矢口)
4.「聖なる鐘がひびく夜」 (矢口)
MC. 矢口・保田
5.「Memory 青春の光」 (保田)
6.「さみしい日」 (保田 座席巡回)
MC. 矢口・保田
7.「好きで×5」 (矢口・保田)
8.「サマーナイトタウン」 (矢口・保田)
9.「夢で逢えたら(カヴァー)」 (矢口 座席巡回)
バンド紹介
10.「ラストキッス」 (矢口)
11.「春の歌」 (矢口)
MC. 矢口・保田
12.「なんにも言わずにI LOVE YOU」 (矢口・保田 座席巡回)

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2005.10.14

爛熟のことのはにしばし酔ふ-泉鏡花の「日本橋」

花組芝居2005年10月本公演
~鏡花まつり~「泉鏡花の日本橋」
世田谷シアタートラム 10/12(水)19:05-20:45

花組芝居が7年ぶりに「泉鏡花の日本橋」を再演するというので、ちょっと各所に無理難題を申しあげて足を運んでまいりました。好きではあるもの、なかなか機会が合わずにちょいと縁遠くなっていた花組芝居の舞台。最後に見たのが「天守物語」再演だったかどうだか、なので、感想を連ねるにも的はずれもよいところは、どうぞご容赦下さいませ。

原作を読んでいない・新派でのそれは見ていない・なおかつ7年前の記憶は既に薄らいでいると情けないことこの上ございませんが。鏡花の絢爛豪奢な物語世界と、加納幸和氏が舞台にひととき形づくらんとする世界の融合は、より強く・明確になった、と感じました。7年前のそれが、鏡花の豪奢なことのはの世界を立体にする試みだったとすれば。今回のそれは「鏡花のことばを道具立てにして、加納氏の美意識を劇場の隅々までに満たすものでした。

特に初演との違いを覚えたのが、葛木・お孝・清葉(・赤熊)の関係性について。初演では「お孝の悲劇」を頂点に、それの対として葛木を配し、その対を眺める(そして語り部となる)位置に清葉を置いた、と感じていました。それが今回の再演では4つがほぼ等位置に配され、1つの縁がまた1つの縁に絡み……という絡みの妙を楽しませていただいた、との感に変わりました。お孝を演じる加納さん以外はほぼキャストが異なるので、印象が変わるのは当然ですが。お孝と清葉の(お孝側からの方が強いのですが)意地の張り合いがより強くなったのも、驚きのひとつです。前回だと突っ張るお孝に見守る清葉、の図を見ていたのですが、今回はそれぞれの(芸者としての)意地がきちんと伝わっており、それも含めて全景が最後にきれいに収束するんだなあ、との印象を受けました。

久々の花組を見て「最近歌舞伎を見てないなあ」と、不勉強ぶりを指された部分もあります。や、勿論知らないでも十分楽しめる拵えではあるのですが。知っていればより深く楽しめるんだよ、と。そのいとぐちをはらり、はらりと播いてくださってるんですよね。ひとつことだけにのめるのもまたありなのですが。十を知るからこそ、それぞれの一が楽しめる。そのことを、改めて痛感してもおります。

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2005.10.10

壷中天

優先順位としてはどうしても「今その場所でしか見られないもの」であるライブやお芝居、もしくは「常に身の側にあるもの」である活字が先立つのですが。どうにも気持ちがくしゃくしゃしてしまう時にがらり、とアタマを変えてもらうために、美術館・博物館へと足を運ぶ機会も少しずつ増えてきました。平日はまず無理ですが、金曜だけは閉館時間をゆったり目にとってくれているところもあるのがうれしいところ。それでも時間はぎりぎりですが、定時で飛び出してピンポイントでアンテナにひっかかるものをわしわし、っと見るようにしております。

先日久々に足を運んだのが、東京国立博物館で開催中の特別展「華麗なる伊万里、雅の京焼」。異国情緒のある焼き物、との印象があった伊万里ですが、その歴史を一度きちんと見てみたいとおもったのがひとつ。あと、建物それ自体が重要文化財である表慶館に入ったことがなかったのがひとつ。このふたつに背中を押されて、足を運んだ次第です。

全く詳しくはありませんが、伊万里といえば「白地に赤の線で文様を示した、非常に華やかかつ特徴的な焼き物」の印象がありましたが。初期の頃は、全く違う色味-青磁のそれを思わせるものだったり、また、大変濃い碧をあしらったものがあったりと、全く想像していなかった世界がそこにありました。

戯言であり、牽強付会もいいところだと苦笑しつつも。その「流れと今に至る様」に、わたしはモーニング娘。およびハロー!プロジェクトのそれ、を重ねて見ておりました。現在「伊万里」と呼ばれる器のイメージが固まったころをどの辺りに置くかはひとそれぞれでしょうが。そこに至るまでは決して「ひとつの色の流れ」だけではなく、さまざまな色彩がそこに確としてあったこと、に。改めて胸を打たれておりました。

タイトルは、京焼のコーナーで配されていた仁清の壷を見た瞬間に降り注いだ言葉です。「色絵月梅図茶壺」(先程の特別展紹介ページの下部に画像があります)の解説に、「一つの壷に梅と、満月の光が同時に配されている。満開の梅を見ると月の光が、満月の光を追うと月が追えなくなる。両方を一度に見たいなら…壷の中に入るしかない」との意の言葉が記されていました。壷の中に飛び込んで、別世界にしばしたゆたわせてもらう。…彼女たちのパフォーマンス(歌やダンスだけでなく、ガッタスの活動やその他もろもろの「全て」に対して)が、わたしにとっての「壷中」であり、そこから眺める「天」なんだなあ、と。そう感じております。

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2005.10.02

共に「主」であれる強度を

CMが流れはじめた当初から「おっ」と気に掛けていたもの、発売日近辺にはちょっとばたばたしておりまして。やっとこ松浦亜弥さんの「気がつけば あなた」のPVを、ようやく手元に置いて全部見ることが出来ました。

CMで流れた季節(春から秋まで)を自然に組み込みつつ、これはこれでひとつの世界を成り立たせている。そして、CMにおいてもPVにおいても肝となる場面・ことばはきちんと押さえられている。「午後の紅茶」という商品に対しても、「松浦亜弥」というひとりの歌い手に対しても、共にその価値を高めるものとなっているのには感服、のひとことです。

商品CMはあくまで「主」が商品、その価値を高めるイメージを喚起させる「人」が従、ですが。今回は「松浦亜弥」という商品(という言い方があまりよろしくないのは承知の上で)についても「主」でありうること、その強さと相互効果に、彼女の「特別」を見た思いがありました。不勉強故の偏った物見かもしれませんが。ここまでの強度を持てたのは、ハロー!プロジェクトでは後にも先にも彼女だけではないでしょうか。(モーニング娘。にせよ、ソロメンバーにせよ、商品が主・出演者が従の関係性は崩れなかったとの印象があります。勿論、商品価値に相応しいがゆえの出演者ではあるのですけれども)

そういう意味では、今回ばかりは赤字となっても初回限定版では「CDとPVのDVDをセットで販売」してほしかったなあ、と感じています。ローソン限定とはいえ、販売促進のCD(特別コメント入り)を付けて販売したり、との努力があったのですから。

とまあ、ちょっと堅苦しいことを書きましたが。このCM、わたしの周囲(非ハロプロヲタ)でも非常に好評です。特に今流れているCMのラスト、ずっと思いを寄せている彼の紅茶を奪って「……だいすき!」と叫ぶ場面に、一目で心奪われたものでした。あの表情は、ただ愛でられる偶像ではなく。敬意を払われる「女優」のそれ、でした。

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